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勝竜寺城公園

1992年に長岡京市の市制20周年記念事業で、勝龍寺城跡が都市公園として整備されました。

  

勝龍寺城は、1571年に、織田信長の意向を受け、細川藤孝によって、大きく改造されました。

近世城郭の諸要素を備えた先駆的な城郭として注目されています。

 

当時の城をイメージした入母屋造の管理棟の他、高麗門、隅櫓などを再現、回遊式の日本庭園にはキリシマツツジや桜が植えられています。

  

勝竜寺城公園の見どころを写真で紹介します

No.1 勝龍寺城跡

No.2 本丸跡

No.3 名月の宴

No.4 ガラシャ像

No.5 北門跡

No.6 勝龍寺城の石垣

No.7 勝龍寺城の石造物

No.8 東辺土塁の石垣と井戸

No.9 本丸の井戸跡

 

No.10 西辺土塁

No.11 ガラシャおもかげの水

No.12 沼田丸跡

No.13 沼田丸の井戸跡

No.14 勝龍寺城土塁・空堀跡

No.15 雲竜石柱

No.16 山崎合戦と勝龍寺城

No.17 桜

No.18 ガラシャ祭り


No.1 勝龍寺城跡

勝龍寺城は、京都盆地の南西部に位置し、西国街道と久我畷を抑える交通の要衝に立地します。

当初は臨時的な砦でしたが、1571年に、織田信長の意向を受け、細川藤孝によって、大きく改造されました。

近世城郭の諸要素を備えた先駆的な城郭として注目されています。

No.2 本丸跡

細川藤孝により改修された勝龍寺城は「瓦・礎石建物・石垣」を備えていたことが、発掘調査により判明しました。

本丸は東西約120m、南北約80mの長方形で、周囲は土塁と堀で囲まれています。

南辺堀と本丸側の石垣は延べ60m近くあり、石垣の下には胴木が見つかっています。

No.3 名月の宴

毎年、秋のはじまりには「名月の宴」が開催されます。

地元の団体が出演し、特設ステージで大正琴や尺八、日本舞踊、詩吟などの芸能発表が行われます。竹灯ろうやランタンが園内を彩ります。

日中とは雰囲気がガラッと変わり、優雅な時間を過ごすことができます。



No.4 ガラシャ像

明智光秀の娘・玉(後のガラシャ)は細川藤孝の長男・忠興のもとにお輿入れし、勝龍寺城で新婚生活を送ります。

本能寺の変がきっかけで玉は味土野に幽閉されます。

その後、大坂の細川屋敷へ移りますが、関ヶ原の戦いに際し、人質になるのを拒み38歳の生涯を閉じました。 

No.5  北門跡

本丸の北西隅に位置します。

堀を渡って北側から門を入ると、通路は直角に折れ曲がり、次の門が現れます。枡形虎口の構造で、敵の動きを封じ、土塁上を含む複数方向から集中攻撃し防御する仕組みです。

山崎合戦で敗れた明智光秀は夜間に北門から落ち延びたと言われています。

No.6 勝龍寺城の石垣

勝龍寺城の石垣は野面積みと呼ばれる自然石を積み上げたものです。

石材は砂岩やチャートなど西山周辺に広く分布する石で占められます。他に五輪塔や石仏などの転用石も用いられました。

石垣背面に1~2m幅の裏込め石が使われていることも、技術面の特徴です。



No.7 勝龍寺城の石造物

勝龍寺城からは、石垣などに転用された、信仰に関する石造物が数多く見つかっており、織豊期に造られた城の特徴でもあります。

出土した石造物には、五輪塔、宝篋印塔、層塔、板碑、石仏などがあります。

石仏の大半は大日如来で、地蔵菩薩も確認されます。

No.8 東辺土塁の石垣と井戸

本丸東辺土塁の中央部では、内側斜面に築かれた五段の石垣が見つかっています。

斜面の一部は内側に張り出し、井戸が作られていました。

土塁の上面には、二列の石垣が見つかっており、北東の隅櫓につながる長屋風建物の基礎構造の可能性があります。

No.9 本丸の井戸跡

本丸内からは四か所で井戸が見つかり、 その内、この井戸を含む三か所が細川藤孝による城の改修に伴って作られました。

発掘調査中も多くの水が湧き出し、今も水脈が生きていることが判明しています。ここが本来、水気の多い土地であることがわかります。



No.10  西辺土塁

本丸の西辺に築かれた土塁です。

土塁の南側は本丸内で一番高く、 「殿主」または「天守」のあった可能性が指摘されます。発掘調査では、 その石垣とみられる石と裏込め石が見つかりました。

土塁の中央付近には西側の沼田丸への通路が存在した可能性があります。

No.11 ガラシャおもかげの水

この水は、細川ガラシャ(玉)が、夫忠興と勝龍寺城で過ごした日々、水面にその姿を映し出したであろう、歴史のロマンにちなんで名づけたものです。

平成18年12月に完成しました。

地下水100%の水道水です。

No.12 沼田丸跡

本丸の南西側に接して作られた台形の曲輪です。ここは細川家の絵図 (江戸時代)に描かれる「沼田丸」 に該当します。

沼田丸の名称は細川藤孝の妻、麝香の実家である越前の沼田氏にちなんだものと考えられます。

沼田丸の東側には左右を堀で囲われた帯曲輪がありました。 



No.13 沼田丸の井戸跡

沼田丸にも井戸がありました。

四角形に組んだ角材の上に円形に石を積み上げて作られています。

石材の大半は自然石ですが、本丸の石垣と同様に、石仏や五輪塔も含まれます。

この井戸は、細川藤孝が城を改修した時に作られ、16世紀末までには埋め戻されました。 

No.14 勝龍寺城土塁・空堀跡

勝龍寺城本丸の北東に位置する土塁・空堀跡は、城下町を囲うように設けられた外郭線の一部です。

土橋を架けて横矢掛かりの虎口をつくり、敵が容易に城内へ入れない仕組みです。

これらの築城技術は、細川藤孝が織田信長から取り入れたものと考えられます。

No.15 雲龍石柱

2003年、長岡京市と友好都市である、中国・寧波市より、友好都市締結20周年を記念して「雲龍石柱」が寄贈されました。

寧波市は浙江省の東部に位置し、杭州湾をはさんで上海の南方にあります。

長岡京市からは「春日灯籠」を贈り友好を深めています。



No.16 山崎合戦と勝龍寺城

写真は、本丸内で最も高い位置にあり、天守があったとされる西辺土塁の南側から見える景色です。

1582年 山崎の戦いで秀吉に敗れた光秀は、勝龍寺城へ逃げ込み、夜中に城を脱出して居城の坂本城を目指しますが、山科付近で落武者狩りに遭い命を落としたようです。

No.17 桜

勝竜寺城公園は、1992年に「都市景観・景観形成事例部門」を受賞、2007年に「日本の歴史公園百選」250公園に選ばれました。

公園内には、キリシマツツジ、桜、梅などが植えられており、市民の憩いの場となっています。

その中でも、特にきれいな桜の写真をご紹介します。

No.18 ガラシャ祭

 毎年11月の第2日曜日に「長岡京ガラシャ祭」が行なわれます。メインイベント「ガラシャお輿入れ行列」は第六小学校をスタートし、市役所前から西国街道を通り、勝竜寺城公園に到着します。2025年は雨天で行列中止となったため、掲載写真は2024年の行列の様子です。



勝竜寺城公園の植物

長岡京市の勝竜寺城公園には多くの植物が植えられています。

そのうちの幾つかをピックアップして、写真で紹介します

No.1 キリシマツツジ

No.2 ハナカイドウ

No.3 アカマツ

No.4 クロマツ

No.5 イロハモミジ

No.6 アカマツ

No.7 シダレザクラ

No.8 ヤエベニシダレ

No.9 クロガネモチ

No.10 ケヤキ 

No.11 スダジイ

No.12 ノムラモミジ

No.13 シダレヤナギ

No.14 コナラ

No.15 クスノキ

No.16 ウメ

No.17 カクレミノ

No.18 キンモクセイ


No.1 キリシマツツジ

1969年秋、長岡町制20周年を記念して、平和な、住みよい、美しいまちづくりを願い、キリシマツツジが町の花に制定されました。

市制施行後も長岡京市の花として市民や訪問客からも愛されています。

(2026年4月18日撮影)

No.2 ハナカイドウ

古くから観賞用に栽培される落葉高木です。

4月中旬~5月上旬の開花で、淡紅色の花が、下垂して咲きます。果実は紫褐色に熟します。

中国の唐の玄宗皇帝が、楊貴妃の美しさをハナカイドウに例えたように、美しい花として知られます。

(2026年4月5日撮影) 

No.3 アカマツ

樹皮が赤褐色の常緑針葉高木で、針葉は2本ずつ付きます。

花は4~5月、松ぼっくりは10月~です。

葉が柔らかく優しい雰囲気から女松とも呼ばれます。

材は粘り強く強度があり、ヤニを多く含むため耐水性に優れ、建築材などに使われます。

(2026年4月18日撮影)



No.4  クロマツ

海岸近くに多く、葉が硬く、樹皮が黒っぽい常緑針葉高木です。「雄松」や「男松」とも呼ばれます。

針葉は2本ずつつきます。花は4月~5月に咲きます。球果は翌年に熟します。

生命力が強く、長寿と繁栄を象徴する縁起の良い木です。

(2026年4月18日撮影) 

No.5 イロハモミジ

落葉高木。花は4〜5月頃に開花し、赤みを帯びた小さな花が葉と同時に咲きます。

葉は掌状に5-7裂し、秋に紅葉します。果実には翼があります。

別名のタカオカエデは、京都の高雄山に多く、高雄が紅葉の名所であることに由来します。

(2026年4月18日撮影)

No.6 ソメイヨシノ

落葉高木です。葉の出る前に淡紅色で一重の花を枝いっぱいにつけます。花色は満開に近づくにつれ淡くなります。開花は3月末から4月上旬です。

オオシマザクラとエドヒガンの雑種です。種では増えず接ぎ木で増やされるクローンです。

(2026年4月5日撮影)



No.7  シダレザクラ

多くはイトザクラの園芸品種です。

イトザクラは、エドヒガンの枝がしだれる品種で、枝が垂れ下がる以外はエドヒガンと同じです。

歴史は古く、平安時代の文献に名前が記載されているようです。

開花は3月下旬~4月上旬です。

(2026年4月5日撮影)

No.8 ヤエベニシダレ

八重紅枝垂。エドビガン系の園芸品種です。

枝が長く枝垂れ、花は淡紅紫色の八重咲で散形状につきます。

開花は4月中旬です。

仙台にもゆかりのある桜です。

京都市  平安神宮の神苑内はこの枝垂桜の名所です。

(2026年4月5日撮影)

No.9 クロガネモチ

黒鉄黐。雄の木と雌の木がある常緑高木です。

葉柄や一年目の枝は紫色を帯びます。名前は若い枝や葉柄が黒ずんでいることに由来します。

開花は5~6月です。果実は赤く熟します。

しばしば、庭木、公園樹、街路樹として植えられます。

(2026年4月5日撮影) 



No.10 ケヤキ

欅。扇を半開したような樹形が特徴で、街路樹に多用される落葉高木です。

開花は4月~5月、果期は10月です。葉は秋に黄葉します。

強度や入手性の良さから、木材としても利用されます。清水寺の舞台の柱にも使用されているようです。

(2026年4月18日撮影) 

No.11 スダジイ

照葉樹林の代表樹種である常緑高木です。ブロッコリー状の樹形で、葉の裏面は銀白色ー灰褐色です。

開花は5月~6月です。ドングリは翌秋に熟しアク抜き不要で簡単に食用できるようです。木材はホダ木として、シイタケ栽培にも使われます。

(2026年4月18日撮影)

No.12 ノムラモミジ

野村紅葉。オオモミジの園芸品種です。開花は4月~5月です。

掌状葉は春から秋まで紫紅色です。

一説には、ノムラモミジの名前は、この紫紅色「濃紫(のうむら)」に由来するとも言われます。

(2025年11月15日撮影)



No.13 シダレヤナギ

枝垂柳。雄の木と雌の木がある落葉高木です。

中国原産で、奈良時代には渡来していたとされています。

細い枝が長く下垂します。葉は披針形です。

河川沿いや水辺景観に多く植栽されます。

(2026年4月5日撮影)

No.14 コナラ

小楢。雑木林の代表的な落葉高木です。

花期は4月~5月で、同じ株に雌雄の花が別々に咲きます。

葉縁には鋸歯があり葉の先端は尖ります。

ドングリは長楕円形で年内の秋に熟します。殻斗は鱗状です。

シイタケ栽培のほだ木に利用されます。

(2026年4月5日撮影)

No.15 クスノキ

楠。巨木になる常緑高木です。葉に3本の脈が目立ちます。葉の寿命は1年程度で、春に入れ替わります。

花期は5月~6月です。果実は10月~11月に熟します。

樹皮と葉に芳香があり、防虫や抗菌作用を示す樟脳の原料植物として有名です。

(2026年4月18日撮影)



No.16 ウメ

古くに薬木として渡来した落葉高木。万葉集にも詠まれ、古くから鑑賞されています。

花期は2月~3月で、花は葉が開く前に咲き、香りがあります。

果期は5月~7月です。

若い枝は緑色です。

枝や樹皮は「梅染め」として染色にも使われます。

(2026年4月18日撮影)

No.17 カクレミノ

常緑小高木で、日陰に適した樹種です。

葉は普通3~5裂しますが、裂けない葉もあります。葉の形が民話に出てくる姿を隠せる「隠れ蓑」に似ていることから名付けられたようです。

花は淡い黄緑色で6~7月に咲きます。果実は11~12月頃に黒く熟します。

(2026年6月20日撮影)

No.18 キンモクセイ

雄の木と雌の木がある常緑小高木です。中国原産で江戸時代に輸入されたようです。

9月下旬から10月中旬に、橙黄色で強い芳香のある小さな花が枝につきます。

ジンチョウゲ、クチナシとあわせて、三大香木のひとつとして知られています。

(2026年6月20日撮影)